超メモ帳(Web式)@復活

小説書いたり、絵を描いたり、プログラムやったりするブログ。統失プログラマ。


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無難な事しか書けないなら何も書かないほうがマシだ。

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2週連続ではてな公式のお題は『あなたの「選択」と「年齢」を教えて!』になっていてさ、ただでさえネタ切れなのにネタ切れが加速していってレッドゾーンに突入だよ。お題スロットも微妙だし、最近見つけたマイお題は過疎ってるし。web巡回していると稲田防衛大臣南スーダンNPO問題がいっちょがみできるかなぁー?と思ったけど、この暑い熱帯夜にわざわざ政治ネタってのも寝苦しくなるばっかりだ。今日は軽くブログ論なんぞに触れていこうか。


さて、タイトルは煽りだ。僕はそこまで炎上上等の覚悟でブログは続けていない。ただまぁ一面の真実を示している言葉でもあるかなぁと思う。


僕は1日100件ぐらいはブログを読んでいるんだけど、そこに何かしらのレスポンスを残してやりたいと思う記事ってのは限られている。自分の意見でもってちゃんと主張している記事だ。いわゆるプロブロガー人種が言うところのオピニオン記事ですよ。このオピニオンって響きが鳥肌立つぐらい嫌いなんだけど、言葉としての使い勝手の良さで自分の内心をだましながら使っている。横文字ばっかでなにも伝わらないweb業界人特有の記事だけは書いたら駄目だなぁと思っているのだが、一応IT業界人としては言葉の意味は勉強しないといけないのである。最近はITなんて言葉は使わずにICT(Information and Communication Technology)の方を使うのが推奨されるらしいっすよ?まったく訳わかんない業界だよ。


閑話休題。僕はいろんなブログを読んでいて日常をただただ綴っているタイプのブログも好きで読む。だけど、こういう日常型のブログは人目は引かないだろうなぁと思う。本当に人柄が伝わってくるいい文章を書く人もたまにいて、そういう人は面白い。だけど、大概の日常型のブログは「今日は何時に起きた、何を食べた、TVをみた、何もない一日でつまらない」みたいなどうでもいいことの垂れ流しである。こういう他人からは興味をもたれないことを書いているのに、読者の反応がないからブログを辞めるとか言い始める奴もいる。こういう人はどうも何かしらブログへの勘違いをしているんじゃなかろうか?と思われる。


日常を短文で綴るようなブログは芸能人のブログでもない限り読者の反応は望めない。アメブロなんかにある芸能人ブログを読んでブログを始めた奴はこんなのブログ運営をしがちだろうな。残念ながら、只の一般人で特に変わった経験をしているわけでもないあなたの文章を読んで喜ぶような人間なんてのはよっぽどの変わり者だけであって、世間一般への訴求力ってのは全然ない。


こういう日常ブログの運営方法ってのはコツがあって、自分からいろんな人のブログに押し掛けて行ってコメントやらペタやらをつけて仲間を増やすようにしないと読者はいつまでも増えない。ブログをSNSみたいな使い方をするのである。実をいうと僕もアメブロやらLINEブログにアカウントだけはあるんだけど、あのプラットフォームで書きたいとは全く思わんな。運営自体が利用者を騙す気満々だからである。たとえばアメブロのアクセス数って30倍から100倍ぐらい水増しされている。ボットとかRSSへのアクセスもカウントしているらしいのよ。アメブロ運営がアクセス数を増やすために回しているボットもあると噂を聞いた。


後はweb文化圏の問題。はてなブログという環境に慣れるると、ほかのブログサービスは水で薄めたビール並みに不味い。はてなブログは長文書いても誰も文句言わない。むしろ、1000文字程度は書いてないと誰にも読まれないぐらいみんなよく長文を書く。1万字クラスのエントリーに普通にコメント付くweb文化圏って他にあるんだろうか?読み手の練度も高い。下手な事を書くときついツッコミを入れてくるユーザがいる。内容の深さも問われてくるのである。中途半端な事を書くと炎上するというスリリングさに慣れるとはてなブログ以外には移れない。


別に炎上するような記事を書かないと駄目だとは言わないけど、読み手の感情を揺さぶるような表現を覚えないと誰にも相手にされないと思うね。ブログは個人のものとはいえどもメディアなんであって、そこにはある程度のエンターテイメント性も求められる。読者に媚びろと言っている訳でもないが、何の感情も揺さぶらない無難な事しか書けないぐらいなら、いっそ筆を折った方がいい。もしコメントなどのレスポンスが欲しいのならば、得られるレスポンスが全部肯定的な意見だと思うなら大間違いだ。他人に対して何かしらの意見をするということは、全否定される可能性も受け入れるということだ。ただの日記を書きたいのなら大学ノートでも買ってきてそこに綴った方が精神衛生上も無難である。


表現をするときにいつも気を付けているのは「ブラックジャックによろしく」で記者が言っていた次のセリフだ。今日はそれで締めよう。

表現とは、誰かに何かを伝えるためにあります。
つまり、どんなに伝えたい事があっても誰も読まない記事は表現ではありません
ですがどんなに多くの人に読まれても、そこに伝えたい事が無ければ表現ではありません


ブラックジャックによろしく 13巻 38ページ

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