超メモ帳(Web式)@復活

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超メモ帳(Web式)@復活

統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


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作家の家族には絶対なるなと言う話。

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最近、ピチピチした感じの肉感的な美味しそうなイラストを見かけて、イラスト描きてぇーと思ったのだけど、自分の脳内にいくら魅力的なヒロイン像が出来たとしても自分の腕では描き出せないのである。これは呪いに近い感じで自分を縛っている鎖でさ、脳内では本当に魅力的な美少女の像が出来上がっているのよ。だけど、いざ自分で描いてみると、平凡でありがちな素人がよく描く感じのイラストですねって感じの絵が出来上がってしまって死にたくなる。自分と同じ感性の凄いイラストレーターがいれば納得なのかもしれないけど、自分の完璧な好みのイラストを描いてくれるイラストレーターは居ない。村田蓮爾とかあの辺りが好みなんだけどね。だから自分で描くしか無いと思って絵筆を取っているのだけど、自分では理想の体のボディラインすらまともに描けない。僕はプラトンが言う所のイデアをずっと追い続ける人間なんだろうか? 自分の完璧な理想の女性は現れないというそんな感じの話で始める土曜日の夜である。


作家の家族には絶対なるなという表題で始めるんだけどさ、お前は作家の何を知っているの?と疑問に持つ読者諸氏も居るであろう。実は僕の父は童話作家でしてね、作家の家族の苛立ちはよく知っているのである。あれはろくな人種じゃないよ。


まぁ身バレしない程度に語るけどさ、僕の父は、地方の文学賞を取って勘違いして、個人出版で本を出してそれだけで食っている人だった。ろくな文才もなくてまぐれ当たりしただけの文学賞でえらく舞い上がってさ、地方の大学の同人誌とかそのあたりで偉そうに文学論を語っている様な人だった。本を売りさばくだけの営業力とかはあったらしくて、本は売れていたらしいけど、個人出版の本である、家族の生活は推して知るべしだろう。


なんか、作家が作品を作り出す時にどんな感じになるのかはよく知っていてね、小学生の頃に父親の書いた小説を押し付けられて感想を詰問されたことがあった。極めて平凡な子供の頃の日常を描いた小説で、今読まされたとしても感想は「平凡ですね」としか言いようがない作品だった。この頃の父は妹尾河童の「少年H」を読んでいたので、その影響を多大に受けていたのだろう。今だったら文学論に持ち込んでもボコボコにすることができるのだけど、死別してしまったのでシャドーボクシングになってしまう。未だに父親への恨みはあるよ?だから自分も小説を書いてるのである。はっきりいって、今、父親の小説を読まされたら「てにおは」から赤ペンを入れて心を折るまで酷評するつもりだよ?


なんかね、母親から父親の話を聞く事があるのだけど、本当にろくでもない父親だったということしか分からない。なんというかね、母親は作家という職業に対してコンプレックスまで持っていてね、自分が椎名誠村上春樹などのエッセイの話をするだけで、極端な拒否反応を起こす。母にとっては作家というのはろくでなしという印象しかないらしい。なんか、知的職業に対しても拒否反応があって、あれはまともに家事すらしないという意見であった。結婚する相手としては土方の方がまだマシだってさ。


僕的にはさ、子供の頃には父親は僕のためのオリジナルの童話を作ってくれる存在だった。父親が自分で製本して絵本とか作ってくれる事があって、子供の頃の将来の夢は作家であった。だけど、父親と付き合っているとムカつくところのほうが多くてね、言葉の意味とかで論争になるのである。一々、〇〇という言葉の意味が間違っていると言って広辞苑をリビングの机に叩きつけて朝まで説教される事があった。父は学歴コンプレックスも持っていて、受験勉強にも口を挟んでくるのである。帝大クラスの大学に受からなければお前は無意味だという理論で朝まで説教されることもあった。お陰様で大学を普通に合格したのに全然嬉しくないという現象が発生したよ。オヤジには学費を払わせず、全部自分のバイト代と奨学金で大学の学費は払ったよ。僕的の今の印象としてはオヤジはサイテーだということしかわからない。


作家の人格が最低であるという大いなる反面教師としては太宰治が居るだろう。太宰治佐藤春夫芥川賞欲しさに土下座に近い手紙を送った。

佐藤は、太宰の作品『道化の華』などを読んで感心し、弟子を通じてその評価を伝えていたということで、手紙にはそのお礼がつづられています。「このたびは、命うれしく思ひました」という書き出しで「よろこびの言葉をあれこれと一昼夜ほどえらびまよつた揚句のはてに命うれしくといふ言葉がふいと浮んで来ました」と思いを巡らせながらしたためたことを伝えています。そのうえで「うつかり気をゆるめたらバンザイが口から出さうで、たまらないのです」と喜びを表現し「私も悪くはありません、きつと好きになると思います」と、懇意になりたい思いをにじませています。


太宰治が芥川賞懇願する手紙見つかる | NHK「かぶん」ブログ:NHK


はっきりいって、自分がこんな手紙を一般に公開されたら恥ずかしすぎて隠者になってしまうと思う。この他にも、太宰は「桜桃」で家族について色々と語っているけど、あんだけ偉そうに語っておいて死因は芸者と入水自殺である。生前も麻薬中毒で家族の服を質に持っていったりと人間的にサイテーだったということしかわからない。作家というのはこんな人格破綻者しかいないのだろうか?


こんな事を書いているが僕はワナビである。曲がりなりにも文章を書こうとしている人間である。一種の呪いを受けたのかもしれないな。これははっきりいって、あの程度なら簡単に超えられるという思いからやっていることである。父が取った文学賞以上の賞は絶対に取りたいと思っている。僕も人格は破綻しているので作家向きな性格はしていると思う。

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