超メモ帳(Web式)@復活

超メモ帳(Web式)@復活

統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


SPONSORED LINK

世に出回っている心理学へのイメージについて。

f:id:yuki_2021:20161101213753j:plain:w300


暇つぶしに心理テストなどをやっていたんだけどさ、こういった根拠が無いものはどうやって作ってるんだろうな? 適当にそこらの素人が適当に質問をでっち上げて、診断メーカーみたいなもので作っても信じ込んじゃう人もいるわけだ。一応、それっぽい答えを書いておくことでバーナム効果によってテストを受けたものが盲信してしまうことがある。何が言いたいかというと、世に出回っている心理テストと呼ばれるものの99%は科学的根拠が無いただの占いだと断言できるということだ。


臨床心理学で使われている知能検査、エゴグラムロールシャッハ、バウムテストなどは統計で有意差を出すなどしてエビデンスは保証しているのでそれなりに信頼性はある。これらの心理テストと対比してインチキ心理テストがここまで世間に蔓延してしまってるのが不満である。一応ね、僕の大学の専攻は心理カウンセリングだったのよ。だから現代の心理学というのが統計を取り入れる事で科学的根拠を裏打ちしようとしていることをよく知っている。それにも関わらず世間に伝わっている心理学は「〇〇を選ぶ人は性欲が強い」みたいな科学を馬鹿にしている心理テストのイメージが染み付いているのが非常に腹立たしい。


今読んでいる本が「臨床家 河合隼雄」(谷川俊太郎鷲田清一・河合俊雄編)なのだけど、河合隼雄という人物が一代の臨床家だったというのがわかる。僕が尊敬している人の一人である。

河合 隼雄(かわい はやお、1928年〈昭和3年〉6月23日 - 2007年〈平成19年〉7月19日)は、日本の心理学者。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。
専門は分析心理学(ユング心理学)、臨床心理学、日本文化。学位は博士(教育学)。兵庫県多紀郡篠山町(現・篠山市)出身。
日本人として初めてユング研究所にてユング派分析家の資格を取得し、日本における分析心理学の普及・実践に貢献した。また、箱庭療法を日本へ初めて導入した。
臨床心理学・分析心理学の立場から1988年に日本臨床心理士資格認定協会を設立し、臨床心理士の資格整備にも貢献した。霊長類学者の河合雅雄は兄(三男)である。


河合隼雄 - Wikipedia


河合氏は一人の心理学者でありながら文化庁長官にまで登りつめた人である。だけど、臨床の場から下りてしまうつもりは無かったらしくて、文化庁長官になった後もカウンセラーとしてカウンセリングを続けていた。料金も一回1万程度は取っていたらしいが、払えない人からは1回1000円でも続けさせてカウンセリングを続けていた。心理学を学んでいた者だから分かるけど、臨床のカウンセリングの場というのは真剣勝負である。カウンセラーがちょっとでも気を抜いた発言をするだけで、クライエントは自殺してしまいかねないという極めて神経を使う仕事だ。それを亡くなる直前まで続けていたというのだからこの人の器はどれだけ大きかったのだろうとびっくりしてしまう。


河合氏は心理学の一般性についても説明している。


あるアルコール中毒の研究会に参加した河合氏。どうしても酒をやめなかった患者が荒れた海に魚釣りに出ることで危機一髪の目にあって、それが理由で人生を見直して酒を止めたという話で場の医者たちが感心した。そこで30人ほどアルコール中毒患者を魚釣りに出して酒をやめれば、エビデンスが取れるかもしれないというジョークを飛ばした。


医学・医療というものは、科学的実証性をベースにして普遍的に有効な診断・治療法を開発する。しかし、患者は心があるゆえに医学の論理だけでは説明の付かない人生を歩んでいる。結果の予測はできないが、自分も患者との日常の会話を大切にしていけば、ある瞬間、患者の心に何か大きな変化が起きる可能性が起きるかもしれない。


カウンセラーはクライエントに寄り添って、その人の「人生の物語」を聞き遂げてやるという仕事である。そこにある論理は科学的根拠やエビデンスを元にして語られるものではなく、物語の原型とでもいわれる論理に従って進んでいく。根拠は無いが納得してしまう話というのがあるのである。そこにあるのは人生の重みや熱意の高さ、共感を得させるエピソードなどがある。臨床心理学には科学の一般性とは違い、物語の一般性といった根拠で動いていく。


僕的に思うのが、心理学というのは科学的というよりは文学的な仕事であるという思いが強い。科学が演繹法であるのに対し、心理学は帰納法である。心理学では過去にあったエピソードを集めることで、その論理の確からしさを高めていく。これは描写を積み重ねることで場への没入感を高めていく文学のやりかたと似ている。論理的には確かじゃないかもしれないが、そんなこともあるなと納得できるエピソードがたしかに存在するのだ。人間の心の思考法というのは確からしいエピソードを集めて信じたいものを信じる帰納法で動いているのかもしれない。心理学はそのパターンを研究する学問だ。


心理学というのは普遍的なパターンを集めた学問である。しかしながら世に出回っている心理テストなどの似非心理学は非常にその普遍性というものが乏しい。精々、1~2人ぐらいの頭で考えただけの薄っぺらい類似性だけで作られている。実際の臨床心理士などは何十、何百という人々と話し、その魂に寄り添い、いくつもの物語を聞かされる。人の生死を掛けたような質問をされて、それに対して答えるときは自分の存在を掛けた答えを返さないといけない。似非心理学とは、積み重ねられた普遍性や人生の重みが違うのである。


ま、僕がやりたかったのは臨床じゃなくて認知心理学だったからジャンルは違うけど、それでも心理学への適当なイメージが先行する世の中にはイライラするということが言いたかっただけだ。ユング心理学とかは確かに科学じゃないとは思ってるからね。だけど、日本のユング心理学の第一人者、河合隼雄氏なんかは禅問答をさせたら凄まじい回答をしてくれそうな域まで人間の完成度が高い。ユング心理学はどちらかというと人間の完成度を測る禅宗などに近い学問なんじゃないかと思っております。


村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

村上春樹、河合隼雄に会いにいく (新潮文庫)

広告を非表示にする
プライバシーポリシー免責事項