超メモ帳(Web式)@復活

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統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


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真実は小さな声で語られる。

※注意:極めて厨ニでポエミーです。


いやー、STAP細胞事件関連のニュースは知れば知るほどイライラする。渦中に居た笹井氏がどんな気持ちだったかを考えると、とんでもないストレスを受けていたんだろうなと容易に想像できる。一人の人格を持った人間を気が狂うまで苛め抜いて、自殺させる文化って凄いなと思いました。


今でも責め続けている人やマスコミはどんな風な結末だと納得するんですかね? 小保方さんが自殺したら納得なんだろうか? STAP細胞が無いと認めたとしても、マスコミのフラッシュに晒されて、次の日の新聞の第一面に大きな写真と煽り文句ででかでかと載せられるんでしょうね。


まぁいいや、僕も正しいことだけを言えるような清廉潔白な人間では無い。ただまぁ感情的には不愉快であることは否めない。これからのマスコミの報道に期待するのは、死者まで出したんだから真実をはっきりさせることだ。どういう経緯であんな騒動が起きたかきちんとまとめて、しかるべき責任者が謝罪して責任を取るべきでしょうね。


この騒動を見ていて、マスコミと世間の行動を見ていたら、村上春樹ねじまき鳥クロニクルに書いてあった表題の言葉を思い出したよ。第二部の終わりで、登場人物達が離別していく時に加納クレタは表題の言葉を主人公にかけた。


村上作品の主人公たちはいつも孤立している。自ら望んで孤立を選んでいる。それでも作品のクライマックスでは壁を抜けて、普遍的無意識的なファンタジーにコミットする。そして象徴的なシンクロニシティが起きる。


自分はどちらかというの、そちらの方の在り方に憧れる。世間の流れに流されてふらふらと無自覚に生きるよりも、己の中の真実を探して探求する。そういった生き方ができたらいいなと思っていた。


気付いたのは僕らは物語の主人公ではないということだ、僕らはどこにでもいるモブの一人だし、人生に筋書きがあるわけでもない。物語のような運命に流される人生は送ることができない。自分の意思で人生をコントロールして、より良く生きるように務めるしか無い。


しかしながら、物語は人生に意味を与えてくれる。無意味な日常も物語になぞらえることで色彩を持ち始める。自分の中のストーリーは世間からは評価されなくとも意味がある。


だから僕は思うのです。例え間違っていようと、己の中の真意に忠実であろうと。


ノイジーな騒音の中で聞こえてくる小さな声をちゃんと聞いて、成すべきことをきちんと出来るようになりたいなと思う次第です。


ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

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