超メモ帳(Web式)@復活

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統合失調症を患い、はてなからも逃亡。現在、復活のため準備中。


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Webで文章を書くということ。文章に対するこだわりは無意味?

今日、つらつらとWebを巡回しているとこんな揉め事を見つけたのですよ。一月以上前の出来事で、完全に旬は過ぎているけど書いてみよう。


「なぜ君たちはこれほど文章がヘタなのか?」紙媒体とウェブのライター論争が話題 小田嶋隆さんやホリエモンも参戦!? | ガジェット通信
ウェブライターよ。なぜ君たちはこれほど文章がヘタなのか? | All About News Dig(オールアバウト ニュースディグ)
紙のライターよ、「文章の巧さ」を誇る暇があるなら「マネタイズ」を頑張りなさい(Hayato Ikeda)
紙媒体中心のライターだろうが、ウェブ中心のライターだろうが、ダラダラと長文書く奴は皆カス。 | ホリエモンドットコム


簡単に要約すると、山田ゴメスさんというライターがWebで文章を書いているライターを批判するエントリを上げて、それにイケダハヤトさんが噛み付いた。イケダ氏曰く、文章の巧さはどうでも良くてその文章を書く力を使って起業するなりマネタイズすることに拘りなさいと。それに小田嶋隆さんが再批判して、ホリエモンが反応した。


完全に傍観者の視点だけど、面白いなとおもった。文章で食べている人達の考え方が分かって興味深い。


僕はどちらかというと山田ゴメスさん側の考え方に共感しますね。零細ブログで日々雑文を垂れ流している有象無象ですけど、誰かに読まれる文章を書く人間は言葉という道具に拘るべきだと考えているのです。たとえ不味い文章であっても、最低限のこだわりは必要である。


だけど、イケダハヤトさんが言うことも分かるのです。イケダハヤト氏はその炎上芸が注目されがちですけど、日々ブログで文章をアップし続けて、文章だけで日銭を稼ぐという経験からそういう発想に至った。とも考えられます。まぁ、イケダ氏の芸風は分からないことに対しても分かってる振りをして茶々を入れるイッチョカミが特徴的ですけど。でもそれがWebを流れる文章の特色じゃないかとも思っているんですが。


Webで文章を書くということがどういう事なのかなと僕は考えた。Webで発言するということは、誰かに自分の思ったことを共感して欲しいと思い、皆キーボードを叩くのである。


漫画ですが「ブラックジャックによろしく」に以下のような文章がある。

表現とは、誰かに何かを伝えるためにあります。

つまり、どんなに伝えたい事があっても誰も読まない記事は表現ではありません

ですがどんなに多くの人に読まれても、そこに伝えたい事が無ければ表現ではありません

ブラックジャックによろしく 13巻 38ページ


そもそも僕はWebでPV集めのために書かれた文章がが嫌いである。自己啓発系の人が書くブログでよくあるんですが、派手な見出しで人目を集めるが内容が全くない文章があるでしょう? あれは読んだ後に時間を無駄にして損した気分になるんです。PV集めを目的にして主張もなにもない文章がWebに撒き散らされている現状には甚だ、うんざりする。


だけど、文章にこだわりがあるとはいえ全く読まれないような自己満足の文章に意味があるのかと考えもするのです。Webには大量の文章が溢れている。その中で自分が書いた文章を、その言葉を求めている人に届けるためにはPRすることも必要。いくら良いことを書いていても、全く人がこないような場末のブログなどで綴っていても、その言葉は誰にも届かない。


Webで書くべき文章とは何なのだろう? 僕自身の考えを書いておく。

結局のところ、僕は別に自分が書く文章で誰かを変えようとか大それたことは考えていないのですね。ここで綴る事は、日々に思ったこととか、将来的に使えそうなtipsとかそんなことばかりです。
ブログで書くべきことはそういうものなんじゃないかな、と考えているのですが。日々を生きて行く上で感じたことを綴ることは、日々を丁寧に生きる事に繋がると思うのです。他の人でもブログを書いたり、twitterで呟くことは、日常に印を刻んで未来から俯瞰するための方法なんじゃ無いかと思うのです。
ただ、こうも思うのです。「枠にはめられていない自意識は見るに堪えない」。文章を書くためにはある程度の方法論は学んでおく必要がある。ましてや他人から見られる文章ならば、それなりの体裁を保っていないといけない。ライターや小説家などの文章のプロはそれを徹底的に学んでいる人たちだ。僕はその人達に一定の敬意は払う必要はあると思うんですがね。


Webであろうと書籍であろうと、折角、文章を書くのだから言葉を大切にするべきだと思うのです。書いた文章に現れるのは自分の思いである。自分の思いを他人に見せるのならば身なりは綺麗にすべきじゃないかなと、僕はそう考えた。

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